九州大学大学院理学研究院附属地震火山観測研究センターの山下裕亮研究員(現所属:東京大学地震研究所・特任研究員),清水洋教授らの研究グループは,鹿児島大学,長崎大学,東京大学地震研究所, 防災科学技術研究所との共同研究により,九州東方・日向灘で実施された海底地震観測によって南海トラフ近傍のプレート境界浅部で発生する「低周波微動」の発見し,その詳細な活動特性を初めて明らかにしました.その結果,プレート境界深部で発生する「低周波微動」と同様に発生源の移動現象を有することから,プレート境界浅部でも「スロースリップ」が発生している可能性があることをはじめて見いだしました.東北地方太平洋沖地震の発生以降,根本的な見直しが求められているプレート境界浅部すべりに関する理解を深める上で,非常に重要で新たな知見となり,海溝型巨大地震とそれに伴う津波の発生モデルの高度化に役立てられると期待されます.
研究内容は,2015年5月8日付け米国科学雑誌「Science」に掲載されました
論文名:Migrating tremor off southern Kyushu as evidence for slow slip of a shallow subduction interface,doi: 10.1126/science.aaa4242
著者:Yusuke Yamashita, Hiroshi Yakiwara, Youichi Asano, Hiroshi Shimizu, Kazunari Uchida, Shuichiro Hirano, Kodo Umakoshi, Hiroki Miyamachi, Manami Nakamoto, Miyo Fukui, Megumi Kamizono, Hisao Kanehara, Tomoaki Yamada, Masanao Shinohara, Kazushige Obara (責任著者の山下裕亮のほか,当センターからは,清水洋,内田和也,中元真美,福井海世,神薗めぐみが共著者になっています)
研究の背景
プレート境界において海溝型巨大地震がたびたび発生する南海トラフ域では,スロー地震(注1)と呼ばれる,通常の地震とは異なる特徴を有する断層すべり現象が発生していることが,ここ10数年の間に明らかにされてきました(例えば,Obara, 2011).特に,プレート境界固着域の深部隣接側では,低周波微動(注2)・超低周波地震(注3)・スロースリップ(注4)という,3種類の異なるスロー地震が時空間的に同期して観測されており,プレート境界で数日間継続するゆっくりとしたすべり(スロースリップ)に伴って,数Hz(低周波微動)および数10秒(超低周波地震)に卓越する振動が生じたものと考えられています.フィリピン海プレートが沈み込みを開始する南海トラフ近傍でも,超低周波地震の存在が明らかにされてきましたが,震源域は陸域観測網から遠く離れているため,それ以外のスロー地震についてはほとんどわかっていませんでした.
九州東方の日向灘は南海トラフ巨大地震震源域の西方に位置し,M7級のプレート境界地震が数十年間隔で発生するなど,地震活動が活発な領域です.また,スロー地震の1つである浅部超低周波地震の活発な活動域としても知られています.東北地方太平洋沖地震以降,プレート境界浅部すべりに関する見直しが図られる中,日向灘ではプレート境界浅部すべりに関する知見は十分ではありませんでした.九州大学は,鹿児島大学・長崎大学・東京大学地震研究所と共同で,日向灘におけるスロー地震を含むプレート境界浅部すべり現象を明らかにすることを目的として,2013年4月~7月にかけて海底地震計(注5)12台を用いた観測を実施しました.海底地震計の設置・回収は,長崎大学水産学部練習船・長崎丸(842 t)第369次・374次航海にて行われました(図1) .
研究の成果
約3ヶ月の観測期間中,通常の地震とは異なるシグナルが2013年5月下旬から約1ヶ月間に渡り海底地震計で記録されました.波形の特徴や震源決定の結果(図2)から,このシグナルはプレート境界浅部で発生する低周波微動(浅部低周波微動)であり,日向灘では今回の海底地震観測によって初めて検出されました.浅部低周波微動は,これまでに紀伊半島沖で観測されたことがありますが(Obana and Kodaira, 2009),本共同研究グループは,浅部低周波微動活動の詳細や,他のスロー地震との関係など,いくつかの重要な特徴が明らかにし,プレート境界浅部すべりについての新たな知見を得ました.
本共同研究の重要な成果のひとつは,浅部低周波微動と浅部超低周波地震の活動の一致性を初めて明らかにしたことです.長周期の波動を生成する超低周波地震は,防災科学技術研究所による研究によって陸域観測網でも検知されていましたが,今回の海底地震計による直上観測により,浅部低周波微動の発生源を高精度決定することが可能となり,これら2種類のスロー地震がほぼ同様の活動パターンを示すことが確認できました(図3).
このことは深部で観測されているスロー地震と共通しています.さらに,高精度決定された浅部低周波微動が明瞭な「震源移動」を示すことが分かりました.特に,1日数10kmの速度で移動する主要な活動と,その数倍ものスピードで逆方向に高速移動する2つのモード(図4)を有することが,深部低周波微動(例えば,Obara, 2011)と非常によく似ています.以上のように,本共同研究グループは,プレート境界の深部と浅部で発生するスロー地震の活動様式が共通していることが初めて明らかにしました. これまでの観測・シミュレーション研究によると,深部の低周波微動や超低周波地震は,数日間継続するスロースリップによって引き起こされると考えられるため,本共同研究で明らかとなった観測結果は,プレート境界浅部におけるスロースリップの存在を証明したものと考えられます.
海底地震計により詳細に求められた浅部低周波微動の移動経路と,通常の地震が発生する深さ10~30kmにおけるプレート境界の固着の程度を比較したところ,浅部低周波微動の活動域はプレート境界の固着が弱い領域の浅部側に限定されており,固着が強い領域を避けて移動していることが分かりました.すなわち,浅部低周波微動はプレート境界の固着の程度をよく反映した現象であると考えられ,固着が弱い領域の浅部側ではスロー地震活動が広範囲にわたり活発で,移動現象も明瞭に見られると考えられます(図5).また,本共同研究グループは,本研究領域に南東から沈み込んできている九州パラオ海嶺についても新たな知見を得ました.九州パラオ海嶺はフィリピン海プレート上の海底山脈で,その東西で地殻構造が大きく異なっていることから,地震時の高速滑りを止める「セグメント境界」の役割を果たすと考えられています(Yamamoto et al., 2013).しかし,本研究で検出された浅部低周波微動は,九州パラオ海嶺を乗り越えて移動していることが明らかになりました.このことは,スロー地震のようなゆっくりとしたすべりに対しては,九州パラオ海嶺がセグメント境界の役割を果たさないことを示しています.
本研究の意義と今後の展開
本研究により新たに発見された浅部低周波微動の移動現象は,移動現象そのものが間接的にプレート境界浅部すべりを表していると考えられるため,スロー地震の発生メカニズム解明に寄与するだけでなく,巨大津波発生の可能性を有するプレート境界浅部すべりの理解や,将来発生が危惧される南海トラフ沿い巨大地震の発生モデル高度化への寄与など,学術上・防災上重要な成果です.また,浅部低周波微動の活動がプレート境界の固着の程度を反映した現象であるとする本研究グループの予測が正しければ,活動の時空間変化をモニタリングすることで,プレート間固着の変化を把握することが可能となり,将来的に巨大地震発生の切迫度評価への応用ができる可能性があります.
一方で,陸から遠く離れたプレート境界浅部で起こっている現象を詳細に把握するためには,海底における地震動と地殻変動の同時かつ長期にわたる観測を行うことが必要不可欠です.国内外の様々な場所でより多くの観測事例を重ね,異なる浅部スロー地震間の相互関係や活動の普遍性・地域性などを明らかにし,プレート境界浅部すべりについての理解をより一層深めていくことが期待されます.
謝辞
海底地震観測においては,長崎大学水産学部練習船・長崎丸の共同利用枠を利用し,乗組員の皆さまに多大なるご協力を賜りました.また,宮崎県・鹿児島県の漁業関係者の皆さまには,観測実施に際しご理解・ご協力をいただきました.本研究は,「地震及び火山噴火予知のための観測研究計画」の一環として行われました.
用語解説
(注1)スロー地震(Slow earthquake)
スロー地震は,通常の地震よりも断層面がゆっくりとした速度でずれ動く現象の総称で,低周波微動や超低周波地震,スロースリップなどがあります.
(注2)低周波微動(Low-frequency tremor)
通常の地震と異なり,P波(初期微動)・S波(主要動)の到達が不明瞭で,火山活動に伴って発生する火山性微動と,本研究で観測された非火山性の微動があります.非火山性の微動は,周期0.5秒(周波数2 Hz)程度に卓越する(通常の地震に比べ)低周波で微小な震動であり,数分から数時間継続します.プレート境界の固着域の深部隣接域で発生する深部低周波微動は,日本で初めて発見され,その後世界各地の沈み込み帯でも発見されています.
(注3)超低周波地震(Very low-frequency earthquake: VLFE)
10~20秒程度の非常に長い周期の波が卓越する特異な地震(通常の地震は1秒より短い周期の波が卓越する)で,主に広帯域地震計によって捉えることができます.日向灘は十勝沖と並んで活発な活動域の1つであり,日本近海以外の他の沈み込み帯でも近年発見されています.本研究で用いた海底地震計は短周期地震計(固有周波数4.5Hzもしくは1Hz)なので,浅部低周波微動と同期して発生した浅部超低周波地震は直接捉えることはできませんが,防災科学技術研究所の高感度地震観測網(Hi-net)に併設されている傾斜計による解析と,広帯域地震観測網(F-net)で記録された波形を海底地震観測データと比較することにより,両者の活動の一致性を確認することができました.
(注4)スロースリップ(Slow slip)
地震波を出すことなく,数日間~数年程度の時間をかけてゆっくりと断層面がすべる現象で,GNSS(GPSなどの衛星測位システムの総称)や傾斜計など地殻変動観測によって検知されます.数ヶ月以上継続する長期的スロースリップと,長くて数週間程度の短期的スロースリップがあります.長期的スロースリップは主にプレート境界深部で発生しており,日向灘でも発生していて,規模は通常の地震に換算するとMw 7相当に達することもあります.プレート境界浅部の海溝軸付近におけるスロースリップは,陸から離れていて陸上観測点での地殻変動量が小さいため検知が難しく,観測例がほとんどありません.海底観測では,圧力観測によって上下方向の地殻変動を観測することで,スロースリップを検知することができます.
(注5)海底地震計(Ocean bottom seismometer: OBS)
海底地震計には大きく分けて自己浮上式とケーブル式に分けられます.本研究で用いた自己浮上式海底地震計は,設置時は船上からの自由落下,回収時には船上からの音響通信による命令によって強制電蝕により錘を切り離した後,自身の浮力を利用して海面に浮上させる仕組みです.地震計(今回は,固有周波数4.5Hzもしくは1Hz),記録装置,精密時計,電池を直径17インチの耐圧ガラス球内に封入して海底に設置します.ガラス球の容量と浮力の関係から内部に入れることができる電池容量が限られ,標準で3ヶ月間程度観測が可能です.ガラス球の他に,500mm もしくは 650mmの耐圧チタン球を用いた1年以上の長期観測が可能なタイプもあります.水深約6000mまで設置可能ですが,日本海溝など6000mを越える超深海でも観測可能な耐圧球を用いた海底地震計も近年開発されています.
参考文献
Houston et al., Nature Geoscience 4, 404–409 (2011).
Miyazaki and Heki, Journal of Geophysical Research 106, 4305–4326 (2001).
Obana and Kodaira, Earth Planet Sci. Lett. 287, 168-174 (2009).
Obara, Journal of Geodynamics 52, 229-248 (2011).
八木・他, 地震 2, 139–148 (1998).
Yagi et al., Geophysical Research Letters 26, 3161–3164 (1999).
Yamamoto et al., Tectonophysics 589, 90–102 (2013).
Yamashita et al., Geophysical Research Letters 39, L08304 (2012).
著者情報(2013年7月時点)
山下 裕亮 九州大学大学院理学研究院 附属地震火山観測研究センター JSPS特別研究員PD
(現所属:東京大学地震研究所 附属観測開発基盤センター 特任研究員)
八木原 寛 鹿児島大学大学院理工学研究科 附属南西島弧地震火山観測所 助教
浅野 陽一 防災科学技術研究所 観測・予測研究領域 地震・火山防災研究ユニット 主任研究員
清水 洋 九州大学大学院理学研究院 附属地震火山観測研究センター センター長/教授
内田 和也 九州大学大学院理学研究院 附属地震火山観測研究センター 技術専門職員
平野 舟一郎 鹿児島大学大学院理工学研究科 附属南西島弧地震火山観測所 技術専門職員
馬越 孝道 長崎大学大学院水産・環境科学総合研究科 准教授
宮町 宏樹 鹿児島大学大学院理工学研究科 附属南西島弧地震火山観測所 教授
中元 真美 九州大学大学院理学研究院 附属地震火山観測研究センター 大学院生
福井 海世 九州大学大学院理学研究院 附属地震火山観測研究センター 大学院生
神薗 めぐみ 九州大学大学院理学研究院 附属地震火山観測研究センター 大学院生
兼原 壽生 長崎大学水産学部 教授/練習船長崎丸 船長
山田 知朗 東京大学地震研究所 附属地震予知研究センター 助教
篠原 雅尚 東京大学地震研究所 附属観測開発基盤センター 教授
小原 一成 東京大学地震研究所 附属観測開発基盤センター 教授